みんな同じ人間だ。認知症の人の行動には理由がある。コミュニケーションをあきらめないで

母が認知症を発症して一年。同じ食品を冷凍庫がいっぱいになるまで買い続けたり、スーパーのトイレからトイレットペーパーを持ち帰ったり。言葉でうまく説明できない母の、時に唐突と思える行動や不可解な言動。

自立した強い女性だった母の変化に悲しい気持ちになることもあります。一番ストレスを感じるのは、「なんでこんなことするの?」と思ってしまうこと。

そんな時出会って、大きな助けとなってくれた本、「バリデーション・ブレイクスルー 認知症ケアの画期的メソッド」をご紹介します。

なぜ人は認知症になるのか。深い洞察の裏には、認知症にならない生き方の可能性もありました。

人間が人間であることの意味は、コミュニケーションなんですね。人間である限り、心を通わせることはできる。それは信念ではなく、「事実」だと。

コミュニケーションをあきらめないで。

ナオミ・ファイル、ビッキー・デクラーク・ルビン 著「バリデーション・ブレイクスルー」

この本の中で「バリデーション」という言葉は、「他の人の経験を強化する」という意味を持っているようです。認知症の人が経験していることを否定せず、それが本人にとっての「現実(真実)」であることを認める。

認知症の人が経験していることを理解する具体的なテクニックが、豊富な実例とともに紹介されています。

しかし、この本の魅力は、テクニックの説明だけではありません。なぜ人は認知症になるのか。その深い考察です。

神経原繊維変化や老人斑はアルツハイマー病の人全員の脳から見つかっています。しかし、認知症や見当識障害の兆候の見られない人の多くからも発見されています。したがって、脳の解剖学的構造上の変化は、後期高齢者の行動変化を引き起こす唯一の原因とは言えません。80歳以上の人の多くは、脳細胞の損傷があっても見当識を保っています。

P49「バリデーション・ブレイクスルー」

高齢者を診ている精神科医や神経科医たちは、感情が記憶に影響を及ぼす効果を持っていることに早くから気づいていました。「老年脳疾患とみられるもののいくつかは、高齢や死の現実から逃れるための強力な防衛手段とも考えられる」(中略)

見当識障害のあるお年寄りは、友人、家族、健康、社会的立場を失うことで、社会の規範に順応する気力をなくすことがあります。それまでに解決していなかった人生の課題が、晩年になって彼らに迫ってくるのです。お年寄りは、過去に戻って解決します。こうした後期高齢者は、もはや襲いかかってくる老いと上手につき合うすべをもっていません。その結果、後退を選ぶのです。

P50 「バリデーション・ブレイクスルー」

母に、どんな「解決していなかった人生の課題」があるのだろう

年を取れば、誰でも心身ともに老いてくる。脳も同じ。しかし、認知症になる人もならない人もいる。

母はこの社会で生き抜く気力を失って自ら後退したのだろうか。そして今、解決していなかった人生の課題を過去に戻って解決しようとしているのだろううか。。

私は初めて、「母はいったいどういう人生を歩んできたのだろう」と考えるようになりました。

母は、もう私の質問に理路整然と答えることはできません。私も自分の心を使って、母のつぶやき、母の仕草からその思いを汲み取ることを始めました。

バリデーションの創始者、ナオミ・ファイル

アメリカのソーシャルワーカー、ナオミ・ファイルさんは、認知症の高齢者とコミュニケーションを行う方法のひとつ「バリデーション」の創始者です。彼女の父は老人ホームの管理者をしており、ナオミは老人ホームの中で育ったと言います。

8歳のナオミと特に仲が良かった入居者のフローレンス・トルーさんは当時68歳、厳格な女性でした。トルーさんが一度だけ見せてくれた日記には、子供だったトルーさんが実母の行動に深く傷つけられた日のことが書いてありました。日記を読んだナオミが「それからどうなったの?」とたずねると、トルーさんは、「私は死んだの」と答えたと言います。

ナオミは成長してソーシャルワーカーとなり、認知症高齢者の介護の仕事をするため、自分が育った老人ホームに赴任します。そこで20年以上前いっしょに過ごしたトルーさんと再会するのです。

しかし「これが本当にあのトルーさん?」

トルーさんは理解できない言葉を繰り返しつぶやき、時に「助けて!」と叫び続けたり、介護士が目を離したすきに逃げ出そうとするなど、認知症の「問題行動」を繰り返し、抑制ヒモでしばられていました。

トルーさんは、実母に傷つけられた子供時代に戻っていたのです。意味のない言葉ではなく、トルーさんの人生で大いに意味のある言葉を、彼女は繰り返しつぶやいていました。しかし当時のナオミは、トルーさんと心を通わせることはできませんでした。トルーさんはため息をついて「私は死んだの」と言い、その後すぐ亡くなったと言います。

その後の30年、私はトルーさんのような人のもとで働いてきました。(中略)私は彼らの社会における生活歴、家族、世話した看護師、彼らの友人から学んだのです。失敗をしながら学びました。

私は見当識障害のある後期高齢者は、私たち誰もがもっている基本的な人間性である直感的な英知をもっていることを知りました。(中略)現在の時間や場所がうつろになったとき、仕事がなくなったとき、規則がもはや重要でなくなったとき、社会的な義務に意味がなくなったとき、この基本的な人間性が光輝くのです。

最近の記憶がなくなり、時間がぼんやりとしてくると、お年寄りは時間ではなく、思い出によって人生を刻んでゆくようになります。言葉を失うと、似た音やリズムや子供のときに覚えた動作が、言葉の代わりをするようになります。現在の喪失体験を切り抜けていくために、過去を復元するのです。

P25-26「バリデーション・ブレイクスルー」

あなたも苦労したんだね

母は「健康のために」と、毎日必ず同じスーパーへ買い物に行きます。ある日、私も一緒に歩きながら、ふと「あなたも苦労したんだね」と言うと、「そうよ、七人きょうだいの長女だったんだから」と返してきました。

私が知らない母の人生。そうか、母が一番苦労したのは子供時代だったのか。

母の両親は信州の善光寺近くでお店をやっていた。母を頭に子供が7人、住み込みの若い衆も数人いたといいます。お店も順風満帆ではなく、お金の苦労もあったよう。私には想像もできない当時の母の生活。

私が見てきた母だけが母ではない。

またある時は、写真学校の話をしながら「あなたにとってなつかしい場所ってどこ?」とたずねると、「諏訪ね」とこちらも即答。長野県諏訪市は、母が保育士の専門学校に通うため、初めて実家を離れて寮生活をした土地。友達から父を紹介され、遠距離恋愛を楽しんだ時代でもありました。

母は、実家から開放された諏訪で、青春を満喫したのかなあ。

認知症にならない生き方とは

認知症になる人、ならない人がいる。では、どんな人が認知症にならないのか。「バリデーション・ブレイクスルー」は、ここでも参考になる洞察を示してくれます。

(80歳以上になり)視力や聴力や身体的な不自由さがあったとしても、言葉を使ってコミュニケーションをする能力を保ち、時間や場所の認識ができ、適切な判断ができる(中略)人たちは、以下のような経験をしてきた人たちです。

・人生の課題や希望に向き合ってきた

・希望をもって日々の生活の問題に取り組んできた

・自分自身や他人の間違いや失敗を許してきた

・目標を達成できないときは妥協してきた

・失敗やミスをしたり、夢がかなえられなくても自尊心を持ち続けてきた

・身体的喪失や社会的喪失を乗り越えてきた

・体の衰え、愛する人の死、避けることのできない死を受け入れてきた

・生きるための情熱を持ち続けている

・過去をくよくよ思いわずらわず、思い出として楽しんでいる

・新しい人間関係をつくる

・愛する人と和解し、死に備えてきた

P49 「バリデーション・ブレイクスルー」

認知症にならない生き方、というだけでなく、こうした生き方ができれば、もっと楽に、自由に人生を歩いていけるのかもしれません。

母の行動の意味

ところで、母がスーパーのトイレからトイレットペーパーを持って帰ってしまう件も、「バリデーション・ブレイクスルー」にヒントが書いてありました。

「認知の混乱」の段階にいる人は、(中略)自分の生活へのコントロールを取り戻そうと、失ったもののシンボルとなるものをためこんでいくことがよくあります。トイレットペーパーを集め、失禁への恐怖を表現したり、鉛筆や紙を集めて書く能力を失う恐怖心を表現したり、鍵を隠して家を失うことや運転する能力を失うことへの不安を隠したりするのです。

P103 「バリデーション・ブレークスルー」

生きている限り、あらゆる方法で、人は自分の思いを表現し、伝えようとするんだな。

唐突に見える行動や不可解に思える言動も、認知症の人の表現のひとつ。私たちも自分の心を注意深く使って、その表現を受けとめ、彼らとコミュニケーションを続けたい。

母のことを知りたい。母と心を通わせたい。

コミュニケーションをあきらめないで。

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