8月のフォトギャラリー公開!今月のテーマは「ふるさとに吹く風」

フォトギャラリーでは、毎月テーマを決めて撮影した写真を3枚公開しています。

テーマは私が通う写真学校の宿題として出されたもの。授業は月に一度。生徒は1ヶ月かけてテーマに沿った3枚の写真を撮影します。

何かを伝えられる写真。今しかない一瞬を切り取った写真。見てくれた人がポジティブな気持ちになれる写真。そんな写真を撮影したい。

写真学校の様子とともに、撮り下ろし写真をご紹介します!

2021年、横須賀の夏。あたりまえの夏なのに

8月の宿題は、「ふるさとに吹く風」。

私のふるさとは横須賀。今年も横須賀に、暑い夏がドカンと居座っています。

青い空と海、白い雲。あたりまえの夏。いつもの夏。

でも今年は何かが違う

ちょっぴり海が見える高台(坂の上り下りが大変)の実家で、二人暮らしを続ける84歳の両親

昨年、認知症を発症した母は、いまでも実家の家事を担ってくれているけど、少しづついろんな記憶をなくし始めている。「おしょうゆ」や「お酢」は分かるけど、「ポン酢」や「みりん」の記憶はなくなってしまった。

母を支える父は、春から初めてスマホを使い始め、姉の猛特訓の成果でラインができるようになった。父から送られてくる夕陽の写真に、「ありがとう」のスタンプを送る姉。お互いの無事を確認するラインのやりとり。

静かな変化だけど、結構衝撃的な変化が、少しづつ、少しづつ始まっている。

大切な人の存在と不在

一緒に過ごす時間に限りがあることをうすうす感じながら。

圧倒的な夏の存在の中で、大切な人の「あたりまえ」じゃない存在と、その不在を写真で表現しました。

のどにつかえるような違和感を感じながら、表現することに抵抗を感じながら、シャッターを切ってしまいました。

自分の時間も、有限だと感じながら。

2021年夏・存在

2021年の夏は確かに存在していた

母の存在

母の不在

父の存在

スマホを操作する父

父の不在

2021年夏・存在と不在

存在と不在の境界線はどこにあるんだろう

先生は、講評の前に他のクラスメートにどう思ったか質問。すると、若いクラスメートは、「僕も親の老いを感じるし、いつか自分も老いていくことを思った」と。高齢者施設に勤めるクラスメートは、「職場で年配の方の生死に携わっている」と、自身の経験を話してくれました。

先生は、「ちゃんと伝わっていますね」。「あとはテクニック的なことだけど、写真は露出をあげると明るい雰囲気が出るし、下げると暗くなる。自分の気持ちを意図的に露出の効果で表現することができるから、例えば「存在」の写真をもう少し明るくすると、「不在」との対比がより明確になるね」

「数枚の写真を組み合わせて表現するのは、“組写真”という手法。これから上級クラスに進級したら、一年を通して組写真を学んでいくんだけどね」

そう、中級クラスは来月で終わり。一年あっという間です。

上級クラスは、今のクラスメートが全員進級を希望しないと開講されないらしい。

どうなる!?

それでは、また来月。

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