母と歩く。人生の味わいは複雑に混ざりあって

このページの写真は、すべて「写ルンです」で撮影しました

昨年の春ごろから、物忘れがひどくなって来た母。軽度認知症と診断されました。

横須賀の実家で父とふたり暮らしで、今も家事のほとんどを担っている母ですが、これまでできていたことが少しづつできなくなっています。

言葉が思い出せず、会話のキャッチボールをすることが難しい。記憶を維持できず、何度も同じ話をしたり、さっき言ったこと、やったことをすぐに忘れる。自分で判断することが難しくなり、あてずっぽうに対応してしまう。変化を受け入れられなくなり、モノが捨てられない。同居する父が、大らかに受けとめているのが救いです。

83歳の母が喜んでくれること

これまでの母とこれからの母。両者を比べて、「あれもできなくなった、これもできなくなった」と数え上げるのは違うんですね。

何かプレゼントしても、もらったことすら忘れてしまう母。私の自己満足な親孝行ではなく、本当に母が喜ぶことは何なのかな。

「してあげる」じゃなく、「させていただく」

母が喜ぶことのひとつが、私と一緒にスーパーへ買い物に行くことです。

母は「健康のために」と、毎日必ず同じスーパーに買い物に行きます。散歩をかねて、往復4キロぐらいはあるでしょうか。

母と一緒に歩いていて出会うのは、近所に住む高齢者の方たち。ある団地の3階のベランダにはいつもおばあさんがいて、身を乗り出すようにして下を歩く人たちを見ている。おばあさんに大きく手を振る母。

「あの人は、足が悪くて外に出られないのよ」と教えてくれます。ベランダの上と下でしか顔を合わせたことがないのに、お互い長年の友人のように笑顔を送りあっている。

商店街では、小さな車椅子に腰掛けたおばあさんが行き過ぎる人を見ている。駆け寄って、手を取る母。特におしゃべりするでもなく、「お互い頑張ろうね」と声をかけて別れる。

銀行のショーウィンドーに飾ってある絵手紙を見て、書いてあることを朗読してくれたり、八百屋さんの前に捨てられている傷んだ野菜を吟味して「時々食べられそうなものがあるともらってくるの」と言い出したり。

スーパーでは、顔見知りの店員さんにいつもの挨拶。私のことを「娘なのよ」と紹介して、ちょっと嬉しそう。

高齢の親をサポートする時、子供世代が「〜してあげる」という言い方をするのは間違っている、と説く本(プロが教える実家の片付け:ダイヤモンド社)を最近読みました。子供たちを一生懸命育て上げた末の、今の親の状況なのだから、何につけても「させていただく」という気持ちであたるのだと。確かにそうだなあ。

母が家族を思う気持ちは変わらない

今夜は私がいるので、普段と違います。母は夕食をどうすればいいのか、分からなくなってきたようです。何をどれだけ準備すればいいのか判断できず、あれこれ悩んで時間をかけて買い物を済ませました。

帰り道、駅の近くで突然走り出し「買い忘れたモノがあるから、別のスーパーに行く」と。

そこでもかなり時間をかけて、買ったのはいちごのパック。さっきのスーパーで、私が「いちご食べたいけど、高いよね」と言って、選ばなかったのを思い出して買ってくれたようです。

母はもう言葉で細かく説明することができません。一緒にいる家族は、彼女の行動を読み解いて、「そういうことだったのか」と気づかされることが多くなってきました。

そこで思うのは、ひとつひとつの行動には、必ず母なりの理由があるということ。母が家族を思い、家族の要望に応えようと努力する姿勢は、変わらないんですね。

若い時にはわからなかった、人生の深い味わい

そして、私も、母に対する気持ちがまったく変わらないことに気づきました。母ができることが少なくなっても、時に驚くような行動に出ても、母を大切に思い、母にいつも笑顔でいてほしい、と願う気持ちは変わらない。

若いころ、人生はもっとずっとシンプルでした。「あれがしたい」「これがほしい」と、自分のことだけ考えていました。

今、年齢を重ねて、人生の味わいはひとことで言い表せません。

切ないようで嬉しい、悲しいようで、明るい。

一日一日を大切に、後悔のないように生きよう。

人生は、短いんだから。

#高齢の親と私

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