母が大好きだったスーパー。長い間ありがとう

84歳になる認知症の母は、お昼ご飯を食べて片付けを済ませると、毎日必ず買い物に行きます。同じ時間に同じ道順を歩き、同じスーパーで買い物。台風や大雪など、よほどの荒天でない限り雨の日も猛暑の日も、往復約6キロの道のりを歩く。
しかし、ある日警察からスーパーで母を補導したと家族に連絡がありました。母はお金を払わずにお菓子をひとつだけ、バッグに入れて帰ろうとした。それ以外はレジを通ってお金を払っていたのに。
日を違えて同じことがあり、3回目に警察が呼ばれたそうです。
認知症とはいえ、なんとか家事も続けていたし、足腰は丈夫で、ひとりで買い物に出ていた母。
できればこのまま、「ちょっとボケてるけどかわいいおばあちゃん」でやっていけたらいいなあ、という家族のふんわりした期待は、驚きとともに消えて失くなったのでした。
もう二度と来ないでほしい
まだ要介護認定の申請もしていなかった母。一年前脳外科に行き「軽度認知症」と診断されたものの「しばらく様子をみましょう」となって、その後は特に何もしていなかった。
スーパーは「もう来ないでほしい。二度と来ないと約束すれば提訴はしない」。警察は「ひとりで外出させない方がいい」。
近所には母が認知症であることを公表しておらず、母の行動が認知症のためだったことも、家族はうまく説明できませんでした。
ひとりで大丈夫。なんでついてくるの
慌てて要介護認定を申請し、判定がおりてヘルパーさんが来てくれるまでの約ひと月、離れて暮らす姉と私が来れる日をのぞき、父が母の買い物に毎日同行することになりました。
とはいえ、母は納得しない。「ひとりで大丈夫よ。なんでついてくるの」。警察に突き出されたことも忘れて、同じスーパーに行きたがる。そのたび、噛んで含めるように説明して、駅前の別の店へ誘導する父。
それでも「買わないから、休憩するだけだから」と母に請われ、スーパーのベンチで父と母が座っていると、店長さんがやってきて「もう来ないで下さい。店員全員があなたたちのことを監視しているんですよ」と、父に言ったそう。
「情けない。それに毎日だぞ。買ったものを持って帰るのも結構重いし、帰ってから整理するのも大変だ。俺の自由がなくなってしまう」と訴える父。
それでも一週間がすぎるころ「お母さんも毎日大変なことをしてくれてたんだな」とポツリ。
「今、やらなければならないことをやるだけだ」。父は、なんとか現実を受け入れ、母を支えようとしている。
スーパーの毅然とした対応
母は、認知症を発症する前からもう10年以上もこのスーパーの常連でした。
「野菜が新鮮だし、お惣菜も種類が多くておいしいのよ」「広くて選びやすいの」「店員さんが親切でね」「近所の人もたくさん来てるから」
一番気に入っていて、たくさん買い物していたスーパーだったんですね。でも、認知症のせいで出入り禁止になってしまった。
母を警察に突き出したスーパーの対応は、長年のお客さん、それも高齢者に対して「冷たい」ものだったのでしょうか。
母にとっては間違いなく辛い経験でした。できればそんな思いはさせたくなかった。
一方、結果から言えばスーパーの毅然とした対応のおかげで、家族はことの重要さを理解することができました。
今回のことがなかったとしても、母と一緒に歩くと、信号を無視して車道を渡ろうとしたり、後ろから近づく車にまったく気づかず道の真ん中を歩いたり、「危ないな」と思うことがありました。
でも四六時中、母と一緒にいることもできないし、家族は「まだ大丈夫だろう」と甘く考えてしまうところがあったんです。
母が大好きだったスーパー
母に日々の張り合いを与えてくれたスーパー。
母と社会との関わりを繋いでくれたスーパー。
もう二度と行くことはできないけれど、お礼を言いたかった。
「長い間ありがとうございました」と。